京都簡易裁判所 昭和41年(ハ)496号 判決 1968年8月26日
原告(反訴被告) 中山太郎
右訴訟代理人弁護士 大国正夫
被告(反訴原告) 木川正男
右訴訟代理人弁護士 伊藤一雄
主文
原告(反訴被告)の本訴請求ならびに被告(反訴原告)の反訴請求を、いずれも棄却する。
訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、これを原告(反訴被告)および被告(反訴原告)の平等負担とする。
事実
原告(反訴被告、以下原告という。)訴訟代理人は、本訴につき、「被告(反訴原告、以下被告という。)は、原告に対し、本判決確定の日から一〇日以内に、被告の費用をもって、別紙第一目録記載の謝罪公告一、二一一部(中山太郎氏に対する謝罪公告木川正男なる文字を四号活字、その他の文字を五号活字とする。)を印刷に付して作成の上、一部ずつを別紙第二目録記載の一、二一一名に対し、第一種郵便物に付して送付せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、反訴につき、本訴の請求またはこれに対する防禦方法と牽連しないことを理由に、本案前の申立として、請求却下の判決を、本案に関し、「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、各求め、本訴請求原因、反訴答弁として、次のとおり述べた。
一、原告は、京都大学教授の職にある者であり、被告は、京都市○○区選出の京都市議会議員の職にある者であって、原告および被告は、いずれも昭和三八年度(昭和三八年四月より昭和三九年三月に至る満一か年)における京都市立○○小学校の育友会である○○P、T、A、の会員で、被告は、同時に同年度の○○P、T、A、の会長であった。
二、昭和三八年七月頃から、右○○小学校の学校給食施設改善に要する経費捻出のため、○○P、T、A、の各会員より特別会費を徴収することの可否に関し、原告と被告との間で意見が対立し、昭和三九年一月頃、原告は被告に対し、質問状なる文書を提出して被告の反省並びに今後における右○○P、T、A、の運営に関する意見を開陳すると共に、○○P、T、A、会員全部に対しても文書を配付して、その批判に訴えた。
三、被告は、原告の右処置に対し、昭和三九年二月二〇日頃、「私はP、T、A、会長として及第か、落第か! 一部の中傷に答えて会員の良識に問う。○○P、T、A、会長木川正男」と題する文書を印刷作成の上、その頃郵送その他の方法により、右○○P、T、A、の各会員に対し、これを配付したものであるが、右文書の文面において、被告は、原告を指摘して、「この人間としての基本的なモラルも弁えぬ人物が、その非を蔽うて人を弁難するに至っては、盗人猛々しい所業と断ぜざるを得ません。」と記述している。
四、原告が、被告より右のとおり、「人間としての基本的なモラルも弁えぬ人物云々」と指摘され、文書をもって、○○P、T、A、の一、二〇〇余名の会員等に公表されたことは、教育者である原告にとって、これに過ぎる名誉毀損はなく、原告の蒙った精神的損害は極めて大きい。
五、よって、被告は原告に対し、原告が被告の故意または少くとも過失による右違法の名誉毀損により蒙った精神的損害を賠償すべき義務があるところ、民法第七二三条に則り、金銭賠償に代え、原告の名誉を回復するについて、適当な方法として、被告が原告の名誉を毀損した前記文書の配付先である別紙第二目録記載の昭和三八年度○○P、T、A、の会員全部に対し、別紙第一目録記載の謝罪公告をなすべきことを求めるため、本訴に及んだ。
六、被告主張三の事実は争う。
原告は、「会長木川正男氏に対する質問状」と題する印刷文書および「○○P、T、A、会員の皆さん」と題する印刷文書で、被告を誹謗したものでなく、被告が○○P、T、A、会長として会務の運営をなすにあたり、独裁的であるか民主的であるか、或は、市会議員としてその言行が一致するか否か等に関し、中正な立場から言論の自由の保障されている範囲内で、公職にある被告の人格、識見、能力等を批判しているのであり、その批判は固より正当行為であるから、原告の本訴請求が、被告主張のように信義則に反することはない。
七、被告主張四の事実中、被告が、現に○○P、T、A、の会員であるとの点は否認し、その余は認める。
八、被告主張五、六の事実は争う。
被告主張の「○○P、T、A、会員の皆さん」と題する文書は、原告が、公職者たる被告の人格識見等を正当に批判したものであって、右批判は、民主主義の日本国憲法のもとにあっては自由であり、被告主張のような違法性はないから、被告の反訴請求は失当である。
被告訴訟代理人は、本訴につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、反訴につき、「原告は、京都市立○○小学校内○○P、T、A、発行の○○P、T、A、新聞紙上に一回六号活字をもって、別紙第三目録記載の陳謝広告を掲載せよ。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を各求め、本訴答弁、反訴請求原因として、次のとおり述べた。
一、原告主張一ないし三の事実は認める。
二、原告主張四、五の事実は争う。
被告が、原告主張の「人間としての基本的なモラルも弁えぬ人物云々」との表現をしたのは、先に、原告が、○○P、T、A、全会員および京都市議会各会派に対して配付した昭和三九年一月一〇日付「会長木川正男氏に対する質問状」と題する印刷文書および同月一二日付「○○P、T、A、会員の皆さん」と題する印刷文書の中で、被告の考えに対し展開した、被告の名誉を毀損する原告の意見そのものを、論評するための反駁の措辞であって、原告その人の社会的地位に対して向けられたものでない。しかも、この表現は抽象的で、一つの比喩ともいうべきであって、具体的な事実を指摘したものではなく、原告の社会的地位に影響を及ぼす性質のものではないから、原告の名誉を毀損することはない。
三、原告は、被告の名誉を甚しく毀損する事実を記載した前記二種類の文書を○○P、T、A、全会員に対し配付したばかりでなく、被告が京都市議会議員である名誉を毀損するため、右二種類の文書を、京都市議会各会派に対してまでも配付するという、実にあくなき所為を敢てしているのであり、しかも、原告主張の文書は、被告が、原告の不当な非難に対する反駁意見として発表したものであるから、原告の被告に対する本訴請求は、信義則に反し失当である。
四、被告は、昭和二六年四月二三日当選以来引続き京都市議会議員に四選、現に京都市○○区選出の京都市議会議員の職にあって、同市議会各種委員会の委員長、副委員長を各歴任してきたものであり、原告は、京都大学教授の職にあるが、いずれも○○P、T、A、の会員であり、被告は、昭和三一年度、昭和三八年度、昭和四〇年度の○○P、T、A、会長に就任し、会務運営に従事し、会務を主宰した。任期は各当該年五月一日から翌年四月末日までである。
五、原告は、昭和三九年一月一二日頃、「○○P、T、A、会員の皆さん」と題する文書に、被告が独裁的人格者であって、○○P、T、A、を独裁運営し、言行が一致しない人物であり、規約作成にも被告が独裁的な意見を大分入れさせたという趣旨の記述をして、その頃、これを○○P、T、A、会員一、二〇〇余名に配付閲読せしめたが、これは、前記公職にある被告にとってこの上ない名誉毀損であり、被告の蒙った、精神的損害は極めて大きい。
六、よって、原告は、被告に対し、被告が原告の故意または過失による右違法の名誉毀損により蒙った精神的損害を賠償すべき義務があるところ、民法第七二三条に則り、被告の名誉を回復するについて、適当な方法として、○○P、T、A、全会員に配付される○○P、T、A、新聞の紙上に別紙第三目録記載の謝罪文を掲載すべきことを求めるため、反訴に及んだ。
立証≪省略≫
理由
第一、本訴請求について。
一、原告主張一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二、そこで、被告が、昭和三九年二月二〇日頃、原告主張の文書を印刷作成の上、これをその頃郵送その他の方法により○○P、T、A、の各会員に対し配付した右文書の中で、原告を指摘して「この人間としての基本的なモラルも弁えぬ人物が、その非を蔽うて人を弁難するに至っては、盗人猛々しい所業と断ぜざるを得ません。」と記述したことが、原告に対し不法行為となる旨の原告の主張について以下検討する。
≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実を認めうる。
昭和三八年七月一日京都市立○○小学校講堂において、当時被告がその会長をしていた○○P、T、A、の総会が、給食室および保健衛生室の拡充計画の件ならびに賛助会員募集の件を議案として、これを審議するため開催され、原告および被告を含む一〇〇名余りの会員がこれに参加して審議の結果、拡充計画の件については、給食保健施設拡充特別委員会が設置され、その委員長には被告がなり。一口金五〇円の特別会費を会員より徴収することとし、その徴収時期は、右総会案内書に議案として記載されているとおり、九月より(≪証拠判断省略≫)向う二年間とする旨多数の賛成により議決され、その際、右特別会費はあくまで任意寄附であり、その徴収手続についても特別の配慮がなされるべき旨等の要望が原告等よりなされた(≪証拠判断省略≫)が、その後右特別委員会委員長の被告の名により○○P、T、A、各会員に配付された特別会費申込書では、右特別会費の徴収期間が、総会決議よりも二か月繰上っていること、右特別会費の醵出が一応強制ではないと断ってはあるが、会費の形をもって全会員一口以上の加入を強く要望していることおよび子供を通じて右特別会費を徴収しようとしていること(尤も、子供を通じての徴収は、教職員会議を経て決められたものであって、被告の独断で決められたものでない事実を認めうる。)、さらにはその後の実際の徴収手続等から、原告は、○○P、T、A、会長である被告が、総会の決議等を無視して、右特別会費徴収の期間を繰上げ、任意寄附である特別会費を、会員より強制的に子供を通じて徴収するものであるとして、被告のP、T、A、運営が非民主的、独裁的である旨批判した、昭和三九年一月一〇日付「会長木川正男氏に対する質問状」と題する印刷文書および同月一二日付「○○P、T、A、会員の皆さん」と題する印刷文書を、その頃、被告を含む○○P、T、A、各会員に配付したばかりか、京都市議会各会派に対してまでも配付したものである。
一方、原告より右批判を受けた被告は、市議会各派に対し、原告の批判が的外れである旨弁明する文書を配付すると共に、右批判を反駁するため、昭和三九年二月二〇日頃、「私はP、T、A、会長として及第か、落第か!」と題する印刷書面を○○P、T、A、各会員に配付し、右原告の批判がいわれなく、前記特別会費は、前記のとおり、○○P、T、A、総会の決議により議決され、強制的に徴収されるものではないが、特別会費という形式を採用し、P、T、A、各会員の協力を強く要請した所以およびその徴収期間が、昭和三八年七月より二年間と前記P、T、A、総会で議決された(尤も、この点は、前記のとおり、P、T、A、総会では昭和三八年九月より二年間と議決されたものであるが、新しい器具を九月より使えるよう夏休み中に洗滌器等を購入するため、被告により二か月繰上げて徴収されたものであり、被告の心情は理解できるけれども、総会の決議を無視したとの批判を受けても止むを得ないというべきである。)旨弁明する中で、京都市議会各会派にまでも前記批判文書を配付するという原告の仕打を執拗と感じ、右批判を自己の政治生命に対する中傷とも考えてこれに反駁する意見の中で立腹のうえ、原告を「人間としての基本的なモラルも弁えぬ人物云々」と論評したものである。
以上認定の事実からすると、原告が被告のP、T、A、運営に関し、不明朗さを感じ、疑問を抱いたのは、或る程度尤もであるといいうるが、被告が非民主的で、独裁的である旨の原告の批判は、必ずしもすべて当っているわけではなく、それにも拘らず、原告によりその旨記載された批判文書をP、T、A、各会員に止まらず、P、T、A、運営とは直接の関係がない京都市議会各派にまでも配付されるに至って、昭和二六年四月以来引続き京都市議員を務める被告が、公職にある以上、市民から批判されるのは当然とはいえ、原告の批判を自己の政治生命に対する中傷と感じ、これに反駁する意見の中で、立腹のうえ原告を「人間としての基本的なモラルを弁えぬ人物云々」と論評したのは、その経緯に照らして、条理上これを責むべきものでないと解するのが相当である。蓋し、このような場合、通常このような言明をしないことは期待しえない事柄だからである。
よって、被告の右言明は、たとえ、教育者としての原告の名誉を害することがあっても、違法性を欠如し、不法行為となることはないというべきである。
三、してみると、被告の右言明が、原告に対し不法行為となることを前提に、被告に対し、謝罪文の配付を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第二、反訴請求について。
一、反訴請求は、本訴請求に対する防禦方法と関連するといいうるから、以下反訴請求の本案について検討する。
前記の経緯により、原告が○○P、T、A、会長たる被告を、独裁的、非民主的、言行不一致である等と言って批判したのは、前記認定の事実からすると、必ずしも当っているとはいいえないが、前判示のとおり、被告がそのように批判されても止むをえない面もあり、しかも右言明は、その仕方等から被告において中傷として受取るのが尤もであるとはいえ、何ら他意なく、公職者たる被告を正当に批判しようとした態度から出たものであるといいうるから、一部真実と合致しない部分があるとしても、全体として違法性を欠如し、不法行為とならないというべきである。
二、してみると、原告の右言明が、被告に対し不法行為となることを前提に、原告に対し謝罪公告を求める被告の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求および被告の原告に対する反訴請求は、いずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 寒竹剛)
<以下省略>